最近、過去を振り返る機会が多くなり、人生の中でも特に印象深かったM1時代の出来事を言葉にしておきたいと思います。

はじめに

大学院生の頃、私は大学近くに部屋を借りずに、毎週JRで帯広から函館まで往復 していました。
片道およそ450km、特急を乗り継いで約6時間の道のりです。

当時の自分も「そんなの無理だろ」と思っていましたが、意外にも楽しく、時間も効率的に使えました。
今振り返れば、あの頃の自分にとってはそれが最も合理的な選択だったと感じます。

コロナ禍の編入生時代

私は大学に3年次編入したのですが、その時期が2020年4月――まさにコロナ禍の真っ只中 でした。
4月から講義が始まるはずが、急遽オンライン授業となり、校舎への立ち入りも禁止。
そのため、そもそも大学近くに住む理由がありませんでした。

定期試験だけは対面で実施されたため、必要なときだけ行けばよく、当時はホテルが1泊2000円台で泊まれるほど空いていました。

学部3年で必修をすべて取り切り、4年は卒研だけに集中。
研究も基本的に自宅で進める方針だったので、帯広で完結していました。
テーマはFPGA上に特殊な乗算器を実装し、サイドチャネル特性を評価するという内容で、学校の特別措置によりFPGAやオシロスコープも自宅に持ち帰れたため、困ることはありませんでした。

こうして学部生活を問題なく終え、研究室の先生とも話がよく合い、そのまま大学院へ進学することにしました。

M1前期 ― ホテル通学という選択

M1になると、対面授業やゼミが再開され、私も通学する必要が出てきました。
そこで4月からビジネスホテルに23泊し、ホテル住まいで通学することに。
1泊あたり3000円台で、月9万円ほどです。

一見高く感じますが、

  • 朝食付き
  • コーヒー飲み放題
  • 光熱費込み(毎日風呂入り放題・エアコン付け放題)
  • 3日に1回の清掃あり

という条件を考えると、むしろコスパは抜群でした。

函館の賃貸は家賃5万円前後が相場で、暖房が高額なLPガスという物件が多く、冬場の光熱費が月4万円に達することもあります。
函館の4月はかなり寒くなる日も多いので、まだまだ暖房が必要です。
それを思えば、ホテル暮らしのほうが安く済むケースもありました。

ただ、5月以降になると再びオンライン授業が増え、自然と帯広に戻って自宅で研究やゼミ参加をするようになりました。

M1後期 ― 週1の900km通学生活

後期は時間割を自由に組めたため、火曜と木曜の夕方にオンラインゼミを設定し、水曜・木曜に講義を集中させました。
その結果、水曜朝に帯広を出発し、金曜朝に帰るというサイクルに落ち着きました。

水曜の午前中の講義はオンラインだったため、移動中のJRで受講。
函館到着はお昼過ぎで、昼食後に対面授業という流れでした。
滞在中は友人宅に泊めてもらい、2泊3日の「遠距離通学ルーティン」を続けました。

コスパ最強の「HOKKAIDO LOVE! 6日間周遊パス」

ここで気になるのが交通費です。
当時、JR北海道では観光需要喚起のために
「HOKKAIDO LOVE! 6日間周遊パス」 というお得な切符を販売していました。

6日間、特急(指定席4回まで)と普通列車が乗り放題で、なんと12,000円
この切符を使えば、片道6,000円で帯広〜函館を往復できました。

LOVE HOKKAIDO Pass

1ヶ月の移動費はおよそ48,000円。
宿泊費は友人宅なのでほぼゼロです。
単純な家賃比較でも、これは十分に合理的でした。

少し時間があるときは、南千歳で乗り換えずにそのまま札幌に行ったりして、都会の風を浴びるなどしたり、かなり自由にやっていました。

長距離移動の時間

6時間の移動というと大変そうに聞こえますが、当時の特急は空いていて、隣に人が座ることもほとんどありませんでした。
ノートPCを開いて課題を進めたり、課題研究を進めたり。
長距離移動がむしろ「集中時間」になっていました。

もともと移動が苦ではないタイプなので、むしろ快適でした。

不便さと得られたもの

もちろん、鹿の衝突や線路トラブルによる遅延は日常茶飯事でした。
「午後の授業に間に合うかな…」と焦ることもありましたが、結果的に一度も授業を欠席することなく過ごせました。

長い移動の時間は、考えごとをする良い機会にもなりました。
研究の方向性、将来の生き方、時間の使い方など
移動の中で多くのことを整理できた気がします。

ミニマリズムの原点

今思えば、あの生活は私のミニマリズムの原点でした。

必要な場所にだけ行き、必要な時間だけ滞在する。

この行動様式を実践する中で、2泊3日に本当に必要な荷物だけを選ぶようになり、
自分にとっての「必要最低限」がどんどん明確になっていきました。

おわりに

コロナ禍という特殊な状況、そして格安の周遊パス。
これらが偶然重なって実現した、少し風変わりな大学院生活。
でも振り返れば、人生観を変えるほど貴重な経験でした。

学会で編入前の同級生と再会したとき、彼もまた実家から遠距離通学していたと聞き、話が弾みました。
それぞれの事情の中で「最適解」を探し模索することは非常に楽しく、奥深いことです。

M2時代

M2では基本的にオンラインで研究を進め、
学内発表のときだけ寝袋を持って研究室に泊まり込みました。
この頃には、完全に「どこでも生きられる」感覚が身についていた気がします。