無理にホワイト企業を演じる必要はない

パワハラごっこをしながら仕事をしたいなら、そういう人たちだけで集まって勝手にやればいいと思う。

人格や経験を否定することや、精神的に追い詰めることを「社会人としての教育」や「成長のため」と考える人がいること自体は否定しない。
そんな組織に持続可能性があるとは到底思えないが、何を「成長」と考えるかは個人の思想の自由である。

だから、そういう環境を好む人同士で集まって働くのであれば、外野が止める話でもない。

ただし、それを「ホワイトな職場」を謳って採用した人にまで強要するのはいかがなものかと思う。

特に違和感があるのが、採用活動では「風通しの良い職場です」「若手が活躍できます」「社員を大切にしています」といった言葉を並べておきながら、実際に入社すると威圧する、追い込むといった文化が存在する会社だ。

それなら最初から求人票や会社説明会で、

「うちは社員を精神的に追い込みます!それを成長と考えています!!!!」

と説明すればいい。

極端な話に見えるかもしれないが、そのほうが誠実だと思う。

「上司に暴言を吐かれて強くなりたい。いつかは自分も部下を潰したい!」と考える人なら、そういう会社を自分から選べる。
一方で、威圧や恐怖ではなく、普通に仕事をして能力を伸ばしたい人は、その会社を避けることができる。

会社側にとっても、自社の文化に合わない人を採用して複数社員の休職・早期退職・労働基準監督署の調査・労災認定されるより合理的なはずだ。

問題なのは、パワハラ的な文化そのもの以上に、それを隠して人を採用し、入社してから「社会人なんだからこれくらい普通」「これを乗り越えて成長するんだ」と後付けで正当化することだと思う。

高い要求水準を設定することも、成果について厳しく指摘することもできる。しかし、人格否定や威圧、恐怖によって人を動かす必要はない。

もし本当に「抑圧されてこそ人は成長する」という企業文化に自信があるのなら、それを採用時から堂々と公表すればいい。

無理にホワイト企業を演じる必要はない。

隠さなければ採用できない文化なら、その文化そのものを見直したほうがいいのではないか。

追記

パワハラとは関係ないが、仕事に関する資料が入っているフォルダは、配属された新入社員に早めに権限を付けてあげましょう。

新入社員は、「資料が大量に入ったフォルダが存在する」ということすら知りません。